テラス・デュフラン ~Secret rose garden
空港のロビーを出たあとは、シャトルバスや電車に乗ってモントリオールまで移動してきていた。勇輝の言っていた通り、モントリオールでは普通にフランス語が使われていて、エマのフランス語も問題なく通じる。
「とりあえず今日はこのまま、俺の家の周辺のお墓を回ってみようと思ってるんだ。来たばかりだし、少し観光も織り交ぜつつ案内しようと思うんだけど、どうかな?」
「ぜひそれでお願いします」
勇輝の提案に勢いよく頷いたエマは、モントリオールの街並みに視線を移す。カナダの中心でもある場所のため、とても活気があって賑わっている。そして同じフランス語圏だからか、どことなくパリに似た雰囲気もあった。
勇輝の家に向かう途中で市場に寄ったり、観光名所などに立ち寄る。あまり贅沢はできないが、それでも名物のお菓子を少し買ったり、勇輝に頼んで友人に送る写真を撮ったりしてもらいながら進む道。
三年も旅をしていたエマだったが、誰かと一緒に移動をするのは初めてで、なんだかとても新鮮だった。
「一人じゃないって、こんなに楽しいんですね」
「そうだね。必ずしも誰かと一緒がいいわけじゃないとは思うけど、誰かと一緒に何かをするのは、一人とはまた違った良さがあると思うよ」
たどり着いた墓地の前で、ポツリとエマがこぼした言葉を勇輝は拾った。返ってきた内容にエマは深く頷いて、顔をあげる。目の前に並ぶのは、モントリオールの土地に眠る人たちのお墓だ。
「じゃあ、俺はお昼が食べれるお店を探しておくから。見終わったらここで待ってて」
「はい」
墓地に入る前に、勇輝はエマの側から離れた。デリケートな部分に無理に介入してこないその姿勢に感謝して、墓地に入る前に手を合わせる。心の中で、名前を確認させてもらうことを断ってから敷地の中に入ると、エマは一つ一つゆっくりと、墓石に掘られた名前を確認していく。
そこまで広くない墓地だったこともあり、一時間もせずに全ての墓石を確認することができた。エマは墓地を出る前にもう一度手を合わせると、ぺこりと小さく頭を下げて墓地を出る。
「おばあさんは居た?」
「いえ、ここには居ませんでした」
墓地から少し離れたところでエマを待っていた勇輝が、エマの姿を見つけて移動してきた。問われた答えに素直に答えたエマは、特に落胆はしていない。
もちろん見つけたいし、見つける気でいる。ただ、すぐに見つかるとは思っていない。時間をかけてでも、最後に見つけられたらそれでいいのだ。
「そっか。じゃあ、遅くなっちゃったけどお昼でもどう? よかったらそこで、俺にもおばあさんの話を教えてくれたら嬉しいな」
「いいですね。もうお腹ペコペコです」
時刻は十五時。お昼をかなり過ぎてしまい、エマのお腹から小さな不満の声が漏れた。恥ずかしがるエマに勇輝は微笑んで、音に突っ込むことはなくお店へとエマをエスコートする。
「いらっしゃい」
「二人でお願いします」
勇輝が見つけてくれていたのは、小さなカフェだった。テラス席もあるそのカフェは、お昼が過ぎたからか今はそこまで人はおらず、がらんとしている。
エマと勇輝は天気がいいからとテラス席の方へ行くと、向かい合って腰掛けた。
「それで、おばあさんの手がかりっていうのは……」
二人分のランチプレートを注文してから、勇輝は静かな声でエマに問いかけた。エマは足の間に下ろしていたバックパックから財布を取り出して、その中から一枚の写真を抜き出すと、勇輝に手渡す。
「それが、私のおばあちゃん。カミーユ・ベルランの写真です」
写真を渡してから、エマは今までのことを簡単に話した。
家族がいない理由も、祖母を探している理由も、日本で出会った人たちや、フランスで協力してくれた人たちのことも勇輝に伝えていく。そして写真の裏に書かれている言葉から、カミーユがフランス人だと予想してフランスに行ったのだと続けた。
エマの話を聞いていた勇輝は、話に合わせて写真の裏側を見た。そこには確かにフランス語で書かれた愛の言葉と、写真に写る女性のものと思われる名前が記載されている。
「カミーユさん、か」
後ろの文字を読んだあと、勇輝は再び表を眺める。
たくさんのバラの花に囲まれて微笑む女性。バラの花が写真の周りを埋め尽くしているために、どんな場所かなどはわかりそうにない。
「あれ……?」
写真を見ていた勇輝が、何かに気づいたように声を出した。
「どうかしました?」
勇輝の声に、ちょうど運ばれてきたご飯を食べようとしていたエマは手を止めて、写真を見つめる勇輝に視線を向けた。
「しーくれ、っと……ろーず? ガーデン、かな」
写真に顔を近づけた勇輝は目を細め、何かの言葉を呟いた。
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