一筋の光 ~Secret rose garden
「長かったねぇ」
エマがパソコンと向かい合っている間、コーヒー片手にテレビを見ていたセナが、パソコンの前で力つきるエマを見て声をかけた。からかいが含まれたその声音に、返す余力もないエマは顔だけをセナへと向ける。
「パソコンなんて高いもの、持ったことなかったんですもん」
「スマホも?」
「あ、パカパカ開く携帯なら持ってたことありますよ?」
パソコンは学校で使って以来だと言ったエマが、日本にいたときに持っていた携帯の話をすれば、セナは苦笑したあと納得したように頷いた。
「うん。それならむしろ早い方かも」
「そうですかね?」
「うん。使ったことないとさ、普通わかんないよ。特に最近のってやたら色んな機能とかあるし」
「へえ……ちょっと気になりますね」
先ほどまで開いていたメール画面を閉じたエマは、パソコンの電源はつけたまま席を立つ。そして、ソファに座ってテレビを見ているセナの隣に腰を下ろした。
「メールって、どれくらいの頻度で確認すればいいんですか?」
「さっき送ったんならとりあえず今日の夜来てないか確認して、あとは一日一回くらい見ればいいんじゃないかな」
仕事とかで使う場合は頻繁にチェックするが、そうでない場合は疲れるから確認頻度は低くてもいいとセナは言う。そして、今エマのメールアドレスを知っているのはセナと勇輝だけだ。だから旅をしている間は気にしなくても大丈夫だと続けたセナに、エマはホッと肩の力を抜いた。
そしてその日の夜。セナに言われた通り、エマはパソコンを立ち上げていた。今からパソコンでメールの確認をすることは、当然セナにも伝えてある。
先ほど登録したときの手順を思い出しながらwebメールを開き、ログインする。すると、画面の受信箱のところに「1」と数字がついていた。クリックすれば、開く受信箱。差出人には「勇輝」という名前が入っていた。
『エマへ――久しぶり。もちろん覚えてるよ! あの日からもう一年になるんだね。フランス中を見て回るのは大変だったろう? お疲れ様。今回のメールの内容だけど、君の友人の言うように、確かにカナダにもフランス語を話す地域があるよ。それが俺の今住んでいる場所、ケベック州のモントリオールというところさ。だから俺は、フランスに気軽に旅行に行けたんだよね。もしこっちに来ることがあるなら案内するよ。来るときは気軽に連絡してね。エマとまた会えるのを楽しみに待っているよ。勇輝』
メールの本文を、何度も、何度も読み返す。そして意味をしっかりと理解したエマは、夕食の準備をしていたセナの元へ走っていくと後ろから抱きついた。
「ちょ、エマ危な――」
「ありました! 勇輝さんのいるモントリオールでも、フランス語を使うみたいです!」
セナの注意の言葉も遮り、興奮していたエマはそのまま話し出す。状況を理解したセナは、エマの興奮する理由がわかって苦笑した。
「一歩前進だね。でも、料理中に突進はダメでしょ」
「あ、ご、ごめんなさい」
「わかればよろしい」
包丁を左手に、右手の人差し指を一本立てて注意するセナに、エマは素直に謝った。ポンポンと軽くエマの頭を叩いたセナは、再び料理をするためエマに背を向ける。
「で、彼はなんだって?」
「あ……えっと、カナダに行くときに連絡すれば、案内してくれるそうです」
運んでと言われた皿をダイニングテーブルに運びながら、エマは頬を緩めて勇輝の言葉をセナへと伝えた。大きくはないけれど、確実にまた進んだ一歩。ゴールにたどり着いた訳ではないが、歩みを止めずにいられるのはやはり嬉しくて緩む頬。
「いつ出発する予定?」
「セナさんの有休が終わって、少ししたら行こうかなって」
「お、そんなにいられるの?」
トマトスープの味を整えていたセナが、わずかに目を開いた。手がかりをつかんだのなら、できるだけ早く行きたいと言うと思ったのだ。
「お給料、もらっちゃいましたしね。それに、モントリオールまでの飛行機代はあるんですけど、もう少し余裕を持ってから行きたくて」
「なるほどね。和食の力が偉大ってことと、エマがしっかりしてるってことはよくわかった」
出来上がったスープを入れるための皿をエマから受け取って、セナが二人分のスープをよそう。スープの入った皿とサラダ、いつものようにパンの入ったカゴをテーブルに置けば、今日の夕食の完成だ。
「じゃ、食べよっか」
「はい。いただきます」
二人で手を合わせて食べ始める夕食。新たな道が拓けたこともあり、その日の夕食はいつにも増して明るく、二人の会話もとても弾んだのだった。
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