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おすすめ作品 Secret rose garden 小さな軌跡を探す旅 第7話

小さな軌跡を探す旅 ~Secret rose garden

「おはよー」
「お、はようございます」

たっぷり眠ったエマは、いつも通り朝五時に起床した。二階の部屋から一階へと降りれば、すでにセナはダイニングでコーヒーを飲んでいる。彼女はフランス語で書かれた新聞紙を読みながら、さらにテレビでニュースも聞いているようだ。

「ほら、エマも食べちゃいな」

差し出されたのは、斜めに切られたフランスパンが入った皿と、カリカリに焼かれたベーコンに卵の乗った皿。フランスパンの上には、四角く切られたバターも乗っている。料理を見たせいか、タイミングよくエマのお腹が空腹を訴え、セナが声をあげて笑った。エマは恥ずかしさに赤面したまま席について、誤魔化すようにパンにかじりついた。

「さて、今日はまず私の職場に行くよ」
「セナさんの?」

朝食を食べ終わり、身支度を済ませたエマの耳に届いたセナの声。首をかしげると、セナは車のキーを指でくるくる回した状態で頷いた。

「私の仕事は、情報誌の編集者なのだよ」
「それって」

含み笑いをしたセナの言いたいことがわかったエマは、目を見開いた。わざわざ幸代がセナを紹介してくれた意味が、ここでようやくわかった気がした。

詳しいことは職場に行ってから話そうと言ったセナに頷いて、エマも素早く準備を済ませると車へと乗り込んだ。バックパックは必要ないと思ったのだが、職場に着いたらセナはそのまま自分の仕事をするというので、一応持ってきておいた。

走り出した車。当たり前だが、車の窓から見える外の景色に見覚えはない。心細い気持ちと、一人ではない心強い気持ち。相反する思いを胸に抱きつつ、エマはセナの奏でる口笛に耳を傾けた。

車で走ること数十分。オフィスビルが立ち並ぶ一角に、セナの仕事場はあった。会社が契約している駐車場に車を滑り込ませると、エンジンを止め、車を降りて鍵を閉める。流れるような動作で全てこなすと、セナは職場に向けてさっさと足を進めるので、遠くなる彼女の背中を、エマは慌てて追いかけた。

「ここが、私の仕事場ね」

編集者と言っていたセナだったが、その仕事場は編集者の一人が持つにしては随分と立派な場所だった。
部屋に入るためのドアには「sena」とネームプレートが貼ってあり、入ってみれば中は個室。ドアからまっすぐ進めば仕事用の机があり、その奥はガラス張り。ビルの十七階から、フランスのオフィス街がよく見える。

机の上には、ノートパソコンとデスクトップパソコンが一台ずつあり、ドアを入ってすぐ右手には印刷機まで置いてあった。備え付けの本棚には、過去に発売した情報誌らしき雑誌が、発売された年号別に整理整頓されて並んでいる。

「セナさんって……結構お偉い人なんじゃ」

エマは、この部屋を見て思ったことを口にした。
編集者という仕事に関して詳しいわけではないが、ただの編集者がこのような素敵で、そして広い個室をもらえるはずはない。その予想は外れていなかったようで、セナは楽しそうに声をあげて笑うと「当たり」と答えた。

「そもそも、ただの編集者が部外者連れてきたら怒られちゃうしね」

あっけらかんと言ってのける彼女に、エマは開いた口を閉じた。何を言っていいかわからなかったのもあるが、何かを言ったところで、笑われて終わるだけの気がしたからだ。

「それじゃあエマ。ビジネスの話をしようか」

先ほどまでの笑顔から切り替えて、急に真面目な顔になったセナがそう言った。
だが、ビジネスができるような材料をエマは何も持ってはいない。どう答えたらいいか口籠るエマに、セナは人差し指を立てる。

「私が出来ることは一つ。私が担当する情報誌で、エマのおばあちゃんの名前を乗せて呼びかけてあげること」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん! 副編集長という権力を振りかざすところでしょ、ここは」
「そ……れは、いいんですか?」
「それに、この情報誌はもともと日本人のためにって始めたものだしね」

いいかどうかわからず聞き返したエマに、セナはまた真面目な表情に切り替えて口を開く。そして動揺するエマの顔に、グッと自分の顔を近づけた。

「でも……タダで、とは言ってないよ。エマ」

情報誌に乗せてもらえれば、一人で地道に探すよりもカミーユに近づける可能性が高くなるのは明白。だが、エマには出せるものがなにもない。
ゴクリと唾を飲み込んで、セナの次の言葉を待つ。

「エマの特技は、何かな?」
「……とく、ぎ?」
「そう、特技」

セナは、コロコロと表情を変える人だ。エマはそう思った。
笑ったり、真面目になったり、今はそう、諭すような優しい顔で自分を見つめるセナがいる。どう答えるのが正解かわからないながらも、エマはしっかりと考え、やがて一つの答えを口にした。

「バラの絵を……描くことです」
「それじゃあ、取引成立だね」

満面の笑顔でセナから差し出された右手。エマはその右手と、セナの表情を交互に見つめた。

「ほーら、成立でしょ」
「あ……」

手を取るべきか悩んでいれば、セナによって取られてしまった右手。エマよりも少し大きなセナの手のひらが、エマの手を包み込む。
「私はエマのおばあちゃんの情報を載せる。そしてエマは、私にバラの絵を売る。いい取引だと思わない?」
「でもっ」
——いい取引すぎる。

そう口にしようとしたエマの唇は、セナの人差し指により強制的に塞がれた。いつかも見たような綺麗なウィンクが目に入って、エマはもう一度開きかけた口を素直に閉じる。

「ありがとう、ございます」
「それでいいのよ」

エマが頭を下げると、セナは満足そうにその頭を優しく叩いた。触れられたところを抑えながら、どんな顔をしていいかわからずにエマは苦笑する。優しさが痛くて、でもやっぱり嬉しくて、心地いい。不思議な感覚に身を委ねながら、エマはもう一度小さな声でお礼を言った。

「それじゃ、私はこのまま仕事するけど、エマはどうする?」
「お墓を巡りながら、セナさんの家に戻ろうかなって思ってます」
「そ? じゃあ鍵渡しとくから、無くさないようにね」
「はい」

仕事用パソコン二台の電源を立ち上げたあと、セナはエマを会社の外まで見送ってくれた。

「あんまり遅くならないように。それと、雑誌に載せるバラの絵もよろしくね」 
「了解です」

セナに周辺の墓地の場所を聞いたエマは「いってきます」と声を出す。「いってらっしゃい」と元気に返してくれたセナの言葉に頷いて、足を一歩踏み出した。

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