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おすすめ作品 Secret rose garden 小さな軌跡を探す旅 第6話

小さな軌跡を探す旅 ~Secret rose garden

――シャルル・ド・ゴール国際空港から、パリ市街まで

はっきりと、大きく丁寧に文字を書いたスケッチブックを、道路の脇で持ち上げる。運転手にもよく見えるように、エマが小さい身長でできるだけ高く掲げて待つこと数十分。腕が痺れ始めてきた頃、ようやく一台の車がエマの目の前で止まってくれた。

「シャンゼリゼ通りに行く予定なんだけど、途中まで乗ってくかい?」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」

止まってくれた車から顔を出したのは、恰幅の良い女性と小さな男の子。流暢なフランス語をなんとか聞き取り、車へと乗り込む。男の子はエマ顔を見て、次に手元のスケッチブックに視線を落とす。そして次の瞬間、顔を輝かせて文字の右下に描いてある小さなバラを指差した。

「それ、お姉ちゃんが描いたの?」
「これ? うん、そうだよ」
「すごいなぁ、ほら見てママ! すごく上手だよ!」
「ん? 本当に上手だねぇ。あんた、絵描きかなんかかい?」

スケッチブックを渡せば男の子は嬉しそうに受け取り、運転中の女性にそれを見せている。女性は信号で車が止まったタイミングでその絵に視線を向けると、感心したように深く頷いた。

「バラ専門、なんですけどね」
「そうなのかい? それでもたいしたもんだよ」

男の子は未だに、バラの絵に視線を落としている。

「描いているところ、見てみる?」
「いいの?」

乗せてもらっているお礼になればと、エマは男の子にそう聞いてみた。バラをなぞっていた指を離して、男の子はとても嬉しそうに顔を輝かせる。その表情から喜んでくれていることがわかって、エマはホッと胸をなでおろした。そして男の子からスケッチブックを受け取ると、助手席に乗る男の子から見やすいように体を移動して、サラサラと鉛筆を走らせる。

「うわぁ……魔法みたいだ」

先ほどよりもさらにキラキラと輝く男の子の瞳。彼はうっとりと、開いたままの口から言葉をこぼした。

「よかったね。いいもん見れて」
「うんっ!」

絵を描いては見せて、見せては描いてを繰り返していれば、パリ市内まではあっという間に到着した。女性にお礼を言って車を降りたあと、助手席の窓を開けて、名残惜しそうに視線を送ってくる男の子の頭を撫でる。

「お礼になるかわからないけど……」

エマは男の子と一緒に描いた絵をスケッチブックから切り取って、窓から男の子に手渡した。

「え……これ、もらってもいいの?」
「もちろん」
「あらまあ悪いねぇ。ほら、ちゃんとお礼いいな。ありがとね、あんた」
「お姉ちゃんありがと!」

喜ぶ子供の様子を見た女性からも、感謝の言葉が降ってきた。むしろ感謝するのは自分の方だとエマは笑って、走り去っていく車に手を振る。助手席の窓から最後まで手を振り続けてくれた男の子に心の中で「ありがとう」と伝えて、エマはバックパックをしっかりと背負い直した。

「こっち、かな?」
 
ひったくりが多いと聞くパリ市内。バックパックをお腹側で抱えたエマは、幸代からもらった連絡先を見ながら、セナという女性の家を探していた。
住宅街に入ったこともあってか、観光客だけでなく、外を歩いている人もほとんど見当たらない。平日の昼間なので、仕事をしていて家にいない人のほうが多いのだろう。エマは、ここまでずっと歩いてきて痛む足を交互に回しながら、地図と辺りを見比べる。

「あ、ねえ! そこのあんた」
「へ?」

地図に視線を落としていたエマの耳に、突然日本語で呼びかける声が聞こえてきた。
顔を上げてキョロキョロと視線を彷徨わせると、数十メートル先にある家の玄関に佇む一人の女性がいた。黒く短い髪を揺らし、大きく手を振ってくれている女性。エマは痛む足に鞭を打って、彼女の元へと近づく。

「あんたがエマ?」
「あ、はい。セナさん……でしょうか?」
「そ、本当に来たんだね。ま、とりあえず上がりなよ」

呆れたように笑ったセナは、玄関を開けて家に上がるようにとエマを促した。フランスにくる前に事前に電話したときも思ったが、彼女はとてもサバサバとした性格で、はっきりものを言う人のようだ。

エマは「お邪魔します」と言ってセナの家に上がると、ほんのりと香るコーヒーの匂いに鼻をヒクリと動かした。

「ざっくりとだけど幸代から話は聞いてるよ。おばあちゃんの手がかりを探してるんだって?」

適当な場所に荷物を置いて、ソファに座るようにとエマに告げたセナは、玄関のドアを閉めるとそのままキッチンへと向かう。

ポットを火にかけてから、カップにインスタントコーヒーの粉を入れる。そのカップに少しだけ砂糖を加えて、沸騰した湯を注いだ。そして最後にたっぷりと牛乳を入れると、湯気が上がる入れたてのコーヒーをエマの前に差し出した。

コーヒーでいいか聞いてくれた幸代と、聞かずとも作って出してくれるセナ。二人の性格の違いがよくわかった気がして微笑ましくなった。

「はい。今はまだ、おばあちゃんの名前しかわかってないんです。名前から、おそらくフランス語の地域の人なんじゃないかと思ってここまで来たんですけど……」

エマは緩んだ唇を引き締めて、セナにこの場所へ来た理由を自分の言葉で告げる。

「それだけの情報で、よくここまで来たよ。あんた」
「自分でも少し、びっくりしてます」

からかうわけでも、馬鹿にするわけでもなく。本当に心底驚いたと言うセナに、エマは苦笑する。言い出したのは自分だが、現実にできるとは思っていなかった。バラ農園の夫婦の応援や、幸代との出会いがなければきっと叶わなかっただろう。

「ここまで来たなら、とことん応援するよ。任せときな」

コーヒーを飲み干したあと、歯を見せて笑うセナに頭を下げる。
もらったコーヒーを飲み終えたエマはその日の夜、疲れからか、案内された部屋のベッドですぐに、深い眠りへと落ちていった。

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