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おすすめ作品 Secret rose garden 縁 第4話

縁をつないで ~Secret rose garden

「いらっしゃい。待ってたわ」

事前に電話で連絡を入れていたこともあり、幸代はエマの訪問に特に驚くこともなく、店のドアを開けると慣れた動作で店内に招き入れた。

薄暗い店内を見渡すと、黒い革張りのソファーと同じく黒いテーブルが置かれていた。そこまで広い店ではなかったが、テーブルとソファの間には一定以上の間隔があり、店内を歩くスペースは十分確保されており、ゆったりとした空間が広がっている。

店内の壁には、前回エマから購入したバラの絵が一枚飾られていた。絵には、スポットライトが当てられ、とても幻想的に見える。そして、何もない壁にスポットライトが当たっている場所が、他にも三箇所あった。

「持ってきてもらったものは、そこに飾るのよ」

エマの視線に気づいたのだろう、幸代はスポットライトに照らし出された壁を指差しながら、エマの予想通りの言葉を口にした。

「では、早速確認をお願いしてもいいですか」
「ええ、もちろん」

絵画用のカバンを開き、その中から頼まれていた絵を取り出す。描かれているバラの色を見た幸代は、嬉しそうに唇を緩めた。

「いい色だわ」

仕事用なのか、とても濃い赤の口紅で彩られた彼女の唇。その唇から、ほぅっと深い息がこぼれ落ち、瞳は満足そうに弓なりになる。

「あなたに任せてよかったわ」
「こちらこそ、気に入っていただけたみたいで……とても嬉しいです」

絵はそんなに頻繁に売れるものではない。売るものをバラの絵に限定していれば、購入してくれる人の幅はさらに狭まる。だが幸代は、エマのバラの絵を気に入ったと言ってくれて、この短期間で四枚も購入してくれたのだ。エマは純粋に喜びの気持ちを口にする。

その様子を微笑ましげに見つめてから、幸代はエマに好きな席に座って待つように告げて、お店のキッチンへと消えた。

基本的に全てソファ席のお店。座り込んだソファにお尻が深く沈み込み、エマが慣れない感覚に戸惑っていると、キッチンからかすかに声が聞こえた。

「……あなたをここに呼んだのには、もう一つ理由があるのよ」

飲み物はコーヒーでいいか、という疑問も届いたので、できるだけ大きな声でイエスと答えたエマは、呼ばれたもう一つの理由について考える。

けれど、幸代とは先日路上で初めて出会ったような間柄だ、思い当たるものはない。

「お待たせ」
「あ、ありがとうございます」

目の前に置かれたコーヒーカップ。エマはテーブルの上で湯気を立てているカップを手で包み込み、じんわりと伝わってくるその暖かさに少しだけ安心した。

「それで、理由というのは……」

ミルクがたっぷりと入ったコーヒーを一口飲んでから、エマは幸代に理由を問うた。幸代は少し困ったように眉毛をハの字にすると、同じようにコーヒーを一口飲み込んでから、赤い唇を小さく口を開いた。

「前回、少し不躾に質問しすぎちゃったかなって」
「え、そんな……話したのは私ですから――」
「だから、ちょっとだけお詫びをしようと思ったの」

困ったような表情で「ごめんなさい」と口にした幸代に、エマは身を乗り出してそんなことはないと告げる。だが、その言葉は幸代によって遮られた。綺麗な人差し指が一本、エマの唇に優しく添えられたのだ。
目の前の幸代は、いたずらが成功した子供のように微笑んで、その指を引っ込める。

「フランス、行くんでしょう?」

引っ込めた指先を今度は自分の唇に当てて、まるで内緒話をしているようなポーズを取った幸代が妖艶に微笑んだ。まさしく大人の女性といったその仕草に、エマは思わず頬を染めて、無言で顔を上下に動かす。

「これは本当に偶然なんだけど……。私の知り合い、同級生がいるのよね。フランスに」
「え?」

幸代が何を言いたいのか、エマにはすぐ理解することはできなかった。間の抜けた声を出すエマに、幸代は唇に手を当ててクスリと微笑む。そしてテーブルに置いてあったカバンを開くと、一枚のメモを取り出した。

「その子、パリに住んでるの。あなたがフランスに行くときに連絡すれば、きっと力になってくれるわ」

テーブルの上に置かれたそのメモには、セナという名前と、その人が住んでいる住所、そして電話番号が滑るような字体で書かれていた。

「でもなんで、知り合ったばかりの私にこんな……」

すでに彼女にも連絡を取ってあると言った幸代に、エマはどうしてここまでしてくれるのかわからず不安な声を上げる。施設しか知らないエマでも、外の世界にいるのがいい人だけではないことは知っていた。幸代が悪い人には見えないが、理由もなく優しくされると怖くなるものだ。

「聴き出しちゃったことへの償いが大きいけれど……。そうね、強いて言うなら——頑張ってる女の子は、応援したくなるものよ」

幸代の大きな片方の目が閉じられ、ウィンク付きで返された答え。
わざわざ四枚もの絵を購入してくれている彼女が、自分を騙す理由は確かに見つからない。そう思ったエマは、おずおずとテーブルに置かれたメモを受け取った。

「ありがとう、ございます」
「私のお節介だから、気にしなくていいわ。どちらかと言うと、もっと世話を焼いてくれるのはセナの方だしね」
「いえ。幸代さんがいなければ、セナさんにもきっと出会えなかったですし……。出会いは、大事にしたいので」

もらったメモをそっと持ち上げ、大切そうに財布の中にしまったエマに、幸代は目を細めて頷いた。

「そうね。また会えるかはわからないけれど、そう思ってくれるなら私も嬉しいわ」

そして二人はコーヒーを飲み終わるまでのんびりと談笑し、最後にエマはもう一度お礼を言って、幸代の店をあとにした。

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