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ニューオリンズと共に(仮)長編現代小説

ニューオリンズと共に 1(仮)長編現代小説40代お酒好きママの挑戦]

 

アメリカのルイジアナ州、ニューオリンズは、ジャズの発祥の地とされている。職にあぶれた奴隷解放後の黒人たちが、南部軍の残していったトランペットやドラムで日銭稼ぎの演奏をするようになり、酒場から世界へと広がっていった。その影響もあり、この町ではほとんどの人たちがジャズを聴き、歌って育ってきた。

ミシシッピ南部の湿地帯に広がる、三日も歩けば回れるくらいの規模の街に、300百軒以上のジャズホールやライブハウスやジャズバーがひしめきあい、昼も夜も体を揺らしたくなるジャズが響いてくる。さっきまでカフェでコーヒーを飲んでいた客がもう、立ち上がり、踊っている。賑やかで、とても楽しい街だ。

このニューオリンズで、ジャズに囲まれて育った、1982年生まれの23歳の女性がいた。

彼女の名前はセナ・バートン。トランペット奏者であるアメリカ人の父と、ジャズシンガーをしている日本人の母の間に生まれ、音楽が身近にある環境で育ってきた。子供の頃から、常に耳に聞こえる心地よい音楽。

母親が家のリビングで口ずさめば、セナはおもちゃのバケツを裏返して叩き、父がトランペットを吹けば、セナはピアノのおもちゃでメロディを追った。音楽そのもので遊んできたセナは、音楽が、歌うことが大好きな女性へと成長し、母の勧めもあって20歳でジャズ歌手となる。そのとき母親のミチコは46歳、アメリカでジャズ歌手となったのは、音大を出てふらりと留学したのがきっかけである。夫のピーターとは、セナをみごもって結婚した。

ミチコのレパートリーは『ザ・ローズ』や『フライ ミー トゥ ザ ムーン』で、甘いヴォーカルを得意とした。一方セナは『A列車で行こう』などをアレンジをした、歌を好んでいた。

いかにも日本的な顔立ちのミチコが低く甘い声で歌うのと比べると、ちぢれ毛ではじけるような体をもつセナの伸びやかなボーカルは、どんな客も元気する力があった。

二人はニューオリンズでジャズバーとして人気の高い、Marquee(マーキー)というお店で有名な親子だった。

観光客向けの店も多いニューオリンズだが、マーキーは地元のジャズメンや酒場の男たち、女たち、そして音楽好きの学生たちがやってくる。マーキーのライブは、だいたい週末の金曜日から日曜日、夜十時から十二時くらいまで行われていた。はじめはまばらな客席が、セナが『A列車で行こう』を歌い始めると波たつように酔いはじめ、十二時にはピークとなる。母のミチコは平日の昼に歌うので、華はセナのほうにあったといえるだろう。

「セナー! 今日のステージは今いちだったぞ!」

どきりとしたようなことを言って近づいてきたのはマイク・アシュリーだった。厳しい言葉とは裏腹に手には一輪の赤いバラ。父はこのマイクにすすめられてトランペットを習いはじめ、一流のトランペッターとなった。父の吹く『ムーンライトセレナーデ』を聞くと、セナはいつでも夜の中に吸い込まれそうになる。

黒人の中でも肌の色が薄い父とは違い、幼なじみであるマイクは、頬骨の高い黒い顔と、闇よりも濃い色の手足で体を揺らして聴き入る。世界中のジャズファンが集まるこの町で、40代で自分の店をもてたのは、まあ、成功者といってよかった。そのサクセスストーリーの主人公が赤いバラを手にやってくるのは、セナのライブの日のときだけだと、セナは知っている。実はセナの一番のファンの人物と言っても過言ではなく、セナはひそかに誇りを感じていた。オーナーに気に入られている限り、ライブではいつもトリを持たせてもらえる……。マイクの息子のジョッシュ・アシュリーとは、仲の良い両家の親とともに育ち、何でも言い合える親友どうしにもなっている。ライブには必ず足を運んでくれ、終わったら家まで送ってくれるのが二人のいつもの日常だった。

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