エマがルイと一緒に暮らし始めて、早いものでもう二年が経とうとしていた。二人で世話をしていることもあり、家を囲むバラは生き生きとしている。カミーユと、ルイの祖母のお墓のバラも同じように、美しい花を咲かせていた。
「出来た……ルイ、出来たよ!」
手紙を送り終わってから約一年半。エマはルイが購入してくれた画材を使って、家事や絵の販売の合間にお墓の絵を描いていた。まずは細かいスケッチを行いそれを元に白いキャンバスへ筆を走らせる。
一本一本気持ちを込めて線を引いて、色を塗り、ようやく今日完成したのだ。
「本当? 僕も見てもいいかな?」
「うん。一番はルイに見て欲しくて」
エマが部屋にいたルイに報告すれば、ルイはすぐに立ち上がった。不安そうに声を出したルイの手を引いて、エマは絵のある部屋へと歩き出す。
ドアを開ければ、そこにはカミーユのお墓があった。
本当に、それ以外に表現しようがないくらい美しく、鮮明に描かれたお墓の絵。隣にはルイの祖母のお墓もあった。二つのお墓は、バラの花の中に静かに佇んでいる。
お墓の向こう側には、晴れた空が広がっていた。お墓がメインのため、空はわずかにしか書かれていないはずなのに、無限に広がる青い空が見えるようだとルイは思った。
「すごい……すごいよ、エマ」
ルイは思わず、エマの小さな体を抱きしめた。壊れてしまわぬように優しく、それでもこの感動を伝えられるように力を込めて。
「そう、かな」
「そうだよ。こんなに素敵な絵、なかなか出会えるものじゃない」
エマを抱きしめていた腕を緩めたルイは、彼女の肩に手を置いて、真剣な瞳でそう告げた。照れ臭そうに笑っていたエマは、ルイの言葉に自信をもらったのか、自分の絵の方を見つめて口を開く。
「私も、すごく素敵な絵が描けたと思ってたの」
頬を染めたままそう呟いたエマをもう一度抱きしめたルイは、抱きしめていた腕を解いたあと、少しだけこの部屋で待つように告げて、走って部屋を出て行った。その背中を見送ったエマは、自分の絵に視線を戻す。
本当にカミーユのお墓がそこにあるような感覚になり、エマは思わずキャンバスの淵に手を添えた。
「これで、家でも一緒だね」
「お待たせ、エマ」
「あ、うん。おかえり」
そっと淵を撫でた瞬間、先ほど急いで出て行ったルイが戻ってきた。慌てて手を引っ込めたエマは、恥ずかしそうに頬を染める。だが、ルイが手に持っているバラの花に視線を向けると、今度は不思議そうに首を傾げた。
長方形の白い箱に、赤いバラの花の部分だけが三つ並んでいる。インテリアとしてテーブルに置いたら、きっととても素敵だろう。
「絵が完成したら、君に伝えようと思っていた言葉があるんだ」
「? うん」
ルイは優雅な仕草で長い足を折ると、エマの目の前で片膝をついた。右手にはバラの入った白い箱を持ち、左手は自身の胸に当てている。
「愛しています」
ルイとエマが一緒に住み始めて、約二年。毎日家族の話をして、ともに暮らすうちに、二人は愛し合い、付き合うようになっていた。
「僕と、結婚してもらえますか?」
「――っ!」
付き合い始めて、一年と半年。ルイはエマの絵が描き終わるまで、ずっとこの言葉を伝えられる日を待っていたのだ。
驚いて言葉を詰まらせたエマは、溢れる涙を止めることもせず、ただただ無言で首を縦に動かす。そして自分の気持ちが伝わるように、ルイからバラの入った白い箱を両手で受け取ると、彼の体を抱きしめた。
「……はい」
それでもやっぱり声に出して伝えたくて、エマは震えかすれる声で、自分の気持ちをルイへと届ける。
「ああ、よかった……。本当に、愛しているよ。エマ」
エマの声を聞いたルイは、彼女を包み込むように抱きしめ返した。そして壊れ物を触るように優しく彼女の髪を一房掬い上げると、愛を込めたキスを落としたのだった。
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