『カイルさんへ——お久しぶりです。住所を知らなかったのですが、どうしても報告したいことがあったので、セナさんにお願いしてお手紙を届けていただきました。カイルさんにも手伝っていただいていたおばあちゃんのお墓探しですが、無事に、見つけることができました。今、私にできることはバラの絵を描くことくらいです。お礼にはならないかもしれませんが、それでも、送らせてください。本当に、ありがとうございました。エマ』
しばらく文章に目を落としていたカイルは、手紙を左手に持ったまま、封筒の中に入っていた残り二枚の紙を取り出した。
「あ、それそれ。私にも絵見せて」
一枚は写真。もう一枚が絵だった。大人しくカイルが手紙を読み終わるのを待っていたセナはその絵が目当てだったようで、今はカイルの手元を覗き込んでいる。
カイルに送られた絵は、オレンジ色のバラが八本描かれていた。
「色と本数が、私と違うね」
「何か意味があるのかい?」
覗き込んだカイルの絵を見て、セナは「やっぱり」と呟く。その言葉を不思議に思ったカイルが問いかければ、ニンマリと笑うセナ。彼女の口から、答えが出てくることはなさそうだと悟ったカイルは、小さくため息を吐き出した。
「花言葉だよ、カイル」
「……セナが教えてくれるとは思わなかったよ」
運ばれてきたランチを前に、セナがヒントを口にする。バラの絵をもう一度だけ見つめたカイルは、家に帰ったら調べようと決めて、セナと二人、ランチの時間を楽しんだのだった。
「勇輝に手紙来てるぞー」
同居している友人の声に、勇輝はパソコンに向けていた視線を外して立ち上がった。書きかけの小説は、モントリオールでエマに会ったあの日から順調に進んでいる。いよいよこれから、終盤を書き上げるところだ。
「どこ?」
「これ」
出かけるところだったらしい友人は、カバンを持った状態で手紙の入った封筒を勇輝に差し出した。
「んじゃ、行って来ます」
「行ってらっしゃい」
玄関で挨拶を交わし、手紙を渡すと同時に外に出た友人に声をかける。そして玄関の鍵を閉めると、勇輝はすぐに自分の部屋へと戻った。
机に向かい椅子に座ってから、先ほど受け取った封筒に視線を落とす。
「エマ、から?」
メールアドレスを知っているエマからわざわざ届けられた封筒。なんだかとても意味のあることのような気がして、フッと頭の中に浮かんできた小説の一文。忘れてしまう前にパソコンにメモを残してから、勇輝は糊付けされた封筒を開けて、手紙を取り出した。
『勇輝さんへ——お久しぶりです。私は今、ケベック・シティ旧市街にいます。あの日、勇輝さんが見つけてくれた手がかりを元にこの街に辿り着きました。お店自体はもう閉店していたのですが、この街で、おばあちゃんのお墓を発見することができたんです。これでようやく、勇輝さんに本を書いていただけますね。私からも、何か勇輝さんに送らせていただきたかったので、お礼になるかわかりませんが、バラの花を描かせていただきました。それではまた、私の旅のお話をさせていただくときにお会いしましょう。エマ』
封筒に入っている残りの二枚を取り出した勇輝は、まずは写真に視線を落とし、そしてバラの絵を見つめた。
青色のバラの花が、十三本描かれた絵。
「やっと……見つけたんだね」
写真と絵、そして手紙を並べた勇輝は、熱くなる気持ちを抑えるように、静かに声を出した。一人だけしかいない部屋の中に落とされた声は、誰に聞かれるでもなくすぐに消えていく。
「よし。これを書いたら、エマのところに取材に行かないと」
手紙の内容にさらなる元気をもらった勇輝は、バラの絵と写真を机の上に置いたまま、再びパソコンと向かい合った。
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