「あなた、エマちゃんからまたお手紙が来たわ!」
「ん」
ポストに入っていた可愛らしい封筒。差出人を見れば、もう三年も前に日本を旅立ったエマの名前が綴られていた。年に一度は手紙をくれていたからか、お墓が見つからなくともエマが元気にしているとわかるだけで、誓子は毎回目に涙をためていた。
久しぶりに届いた手紙にワクワクしながら、誓子は哲也の目の前に腰掛ける。テーブルの上に手紙をおけば、新聞を開いていた哲也がわずかに反応した。
……素直じゃないんだから
哲也の行動に心の中で苦笑しつつ、誓子は手紙の糊付けを剥がしていく。ふっくらと膨らんでいた手紙には、何枚もの紙が入っていた。
一枚目を手に取れば、そこには丸みを帯びたエマの直筆で文字が綴られていた。
「まぁ、まぁ! やっと、見つけられたのね」
「……読んでくれ」
一足先に手紙の内容を理解した誓子は、興奮を抑えられぬまま口を開く。内容を知らない哲也は、持っていた新聞をテーブルに置くと、急かすように誓子を見つめた。
『誓子さんと哲也さんへ……お久しぶりです。少し前、私はカナダに入りました。誓子さんたちのバラ農園を出てから三年と少し、ようやくこの場所で、おばあちゃんのお墓を見つけることができたんです。これも、私の意思を尊重してあのとき背中を押してくれた二人のおかげです。本当に、ありがとうございました。お墓の写真と、お二人へのお礼に二人を想って描いたバラの絵を添えさせていただきました。今は、祖母と私の家族を知っている知人の家にお世話になっています。しばらくここに滞在する予定なので、またお手紙を送りますね。エマ』
綴られた文章を読み上げれば、哲也は小さな声で一言「そうか」とだけ呟いた。たった一言だがそれでも、唇が弓なりになっていることで、彼がとても喜んでいると誓子にはよくわかった。
手紙を読みながら溢れてしまった涙を拭った誓子は、手紙の中に入っていた写真と、ハガキくらいのサイズの一枚の紙を取り出す。
哲也にも見やすいように写真と絵をテーブルの上に並べて置くと、哲也は身を乗り出すようにして二つを眺めた。
写真には、バラに囲まれたお墓を背にして笑うエマの姿が映っていた。本当に嬉しそうな表情に、誓子と哲也の顔も思わず緩む。そして絵には、二本のバラが描かれていた。オレンジ色のバラと、ピンク色のバラが寄り添う姿。
「これは、私たちのことかしらね」
「……そうだな」
寄り添うバラの絵を見つめる誓子に、哲也も小さく頷いた。
そして、手紙が届いてから数日後。小さな写真立てに入れられた二本のバラの絵が、誓子と哲也の家のリビングに飾られていた。
エマの育ってきた施設に、一枚の手紙が届けられた。手紙を受け取った雄子は、差出人を見て目を見開く。
「エマから?」
施設を出てから約四年。あの日以降、エマと連絡を取ることはなかった。近くのバラ農園にいることがわかっていたからこそ、安心していたといっても過言ではない。
不思議に思いながらも手紙を開いた雄子は、書いてあった内容に再び目を見開いた。
『雄子さんへ……お久しぶりです。施設を出て以来なので、四年ぶりですね。私は今、カナダにいます。施設を出てから、雄子さんや子供たちがそばにいなくなってから、自分が何者なのかよくわからなくなって、唯一の繋がりである写真の中のおばあちゃんを探していたんです。そして今私は、家族の思い出を話せる友人を見つけ、祖母のお墓の近くで暮らしています。雄子さんが私に写真を渡してくれたから、今、この場所にたどり着くことができたんです。本当に、ありがとうございました。エマ』
短めの文章を読み終わった雄子は、中に入っていた二つの紙を取り出した。一つはエマが笑顔で映っている写真。そしてもう一枚は、白いバラが八本描かれた絵だった。
「……あなたが幸せなら、私はそれだけで十分よ」
裏側には「雄子さん」へと書かれたバラの絵を抱きしめて、雄子は静かに、一筋の涙をこぼしたのだった。
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