カミーユに手を合わせてお墓をあとにしたエマは、ルイの家へと向かっていた。旧市街にある店を紹介しながら歩いてくれるルイのおかげで、家に向かう道でも会話は弾んだ。
「エマの家族の話は、家に着いてからたくさんしようか」
墓地を出てすぐ、ルイはエマにそう告げていた。エマは深く頷き、きちんと配慮をしてくれるルイにとても好感を抱いた。
「ここが、僕の家なんだ」
到着した家は、赤レンガで作られた可愛らしい家だった。家を囲む木の柵には、ところどころにバラの絵があしらわれている。敷地内に足を踏み入れれば、玄関までの道を彩るように咲き誇る綺麗なバラの花。漂ってくる香りはただ強いわけではなく、とても爽やかな香りで心地よい。
さわさわと吹く風に揺れるバラはみずみずしく、手入れが行き届いていることもよくわかった。
「うわぁ……」
綺麗だなんて言葉すら出てこないほど、エマはその光景に圧倒された。
開いた口からこぼれ落ちた意味のない言葉を隠すこともせず、おずおずとバラのそばへと近く。家の入り口まで導くように道の脇に植えられたバラ。それはまるで、自分を歓迎してくれているような、そんな錯覚をエマは覚えた。
「すごい、綺麗……」
ようやく出た言葉も結局至極単純なもので、思考を巡らせてもそれ以上の言葉は考えられそうもなかった。
「気に入ってもらえたようで良かった」
すでに日は暮れかけているため、バラをしっかりと見ることはできなくなる。それでもしばらくその場から動けずにいたエマを急かすことなく、ルイは彼女が立ち上がるのを静かに待った。
「あ、ごめんなさい。お待たせしちゃって」
暗くなり、バラの色がわからなくなりそうになった頃。夢中でバラを見つめていたエマが我に返った。慌てて頭を下げるエマに、ルイは気にしていないと笑って玄関のドアを開ける。
「さ、上がって」
開けてくれたドアから中に入ったエマは、まずは寝室に案内すると言ったルイの背中に続いた。もともと祖母と住んでいたというこの家はとても広く、部屋も一人には多いくらいだとルイは笑う。
「ここを使って」
案内してくれた部屋は二階にあった。客間として使っている部屋で、シーツも綺麗に張り替えられている。
「あ、ここにも……」
「一部屋に一輪。バラを置いてるんだ」
部屋には小さなテーブルとベッド、そして出窓があった。その出窓には、凛と立つ緑色のバラが花瓶の中で元気に花を開いている。嬉しそうにバラへと近寄ったエマに、ルイは荷物を置いたら下においでとだけ告げて部屋を出た。
エマはバックパックを下ろして、写真を取り出した。スケッチブックと鉛筆、そして、自分のメールアドレスが書かれた紙も持って一階へと降りる。
部屋をまだ把握できていないエマだったが、廊下を歩いているとルイがいるキッチンへとたどり着いた。料理を作っているようで、いい匂いが漂ってくる。
「あ、もうすぐできるからね」
おたまを持ったまま微笑むルイに頷いて、エマは持ってきたスケッチブックをリビングにあったソファの上に置く。そして、何か手伝えればとルイに声をかけた。微笑んだルイは断ることなく、棚に入っている皿を取るように言った。指示された棚の扉を開けて、必要な皿を取り出していく。
出来上がったのは、たっぷりと煮込まれたシチューだ。トースターでこんがりと焼かれたフランスパンも添えられて、マグカップには暖かい紅茶が注がれている。
それぞれの皿をダイニングテーブルに運び、二人は向かい合って座った。
「残り物で申し訳ないけど……」
「全然、すごく美味しいです」
煮込まれたシチューの中に入っている牛肉は、一晩煮込まれていたこともあって、口に入れるとすぐにほろほろと崩れ落ちていく。少し噛めば、染み込んだシチューの味と肉の味が広がって非常に美味しい。
エマが素直にそういえば、ルイはありがとうと言って微笑んだ。
夕食も食べ終わり、エマはお礼にと片付けを買って出た。その間にシャワーを浴びてきたルイに続き、片付けを終えたエマもルイに言われて浴室へと向かう。長い時間外にいたこともあり、汗をかいていた体。シャワーでさっぱりと洗い流したエマは、ほこほこと温まった体で満足そうに浴室をあとにした。
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